ウイスキーが、お好きでしょ

親しい友人のような美酒は、人知れぬ悩みを追い払ってくれる。

ヴェルディ(伊・作曲家)

先日、長野県に住む後輩のお宅にお邪魔した。長野県は楽しいワインディングロードが多く、自然も豊かで、風景は美しい。ドライブするにはこれ以上ない環境だ。ご飯も美味しいし、温泉もあるし、夏は涼しく、冬はウィンタースポーツも楽しめるしで、長野サイコー!ボク長野県の子になるー!

長野が最高なことはさておき、自宅への帰り道、小淵沢IC付近で白州蒸留所の看板を見た。白州蒸留所。森の中に佇むサントリーの蒸留所だ。一度見学に行ったことがあるが、鳥の鳴き声が聞こえ、木漏れ日が心地よく、吹く風は優しい。非常に良いところだ。サントリーでウィスキーといえば山崎蒸留所も有名だが、どちらにしても楽しいところなので是非とも工場見学に訪れてみてほしい。

というわけで、今回はウィスキーの話をしようかと思う。酒の話が続くって?これで最後だから!もうしないから!ホントホント。本当だって。騙されたと思ってさ。

ウィスキーの沼へようこそ

「そもそもウィスキーって何なのさ?」、「シングルモルトとかよく耳にはするけど、実際には何なのさ?」という貴方に、ウィスキー沼の表層の話をする。

まず、ウィスキーは蒸留所で作られる。原料は大麦の麦芽から作られるモルトウィスキーと、トウモロコシや小麦と麦芽から作られるグレーンウィスキーがある。細かい違いはさておき、原料の違いで2種類に大別されると覚えておけばよい。モルトとグレーンだ。

仕込み、発酵のあと、蒸留。ビールやワインといった醸造酒と、ウィスキーのような蒸留酒の違いはここにある。広く世界で蒸留酒が作られるようになったのは、錬金術の研究過程で蒸留が確立されて以後だ。作られた蒸留酒は、ラテン語でアクアヴィテ、日本語で生命の水と呼ばれた。これが各地域に広まり、それぞれの地域の特色ある蒸留酒が形成され、今日ではウィスキー、ウォッカ、アクア・ヴィットなどと呼ばれている。蒸留酒を総じてスピリッツとも呼ぶが、魂に、そして命に効く酒なのだ。そして、樽に入れられて樽で何年も熟成される。

よく耳にするシングルモルト・ウィスキーというのは、単一の蒸留所のモルトウィスキーだけで作られたウィスキーだ。山崎、白州、余市、ボウモア、ラフロイグ… いろいろある。強烈な個性で、好みが分かれる事が多い。音楽に例えれば、それはソロプレイヤー。

一方、複数の蒸留所から集めてきたモルトウィスキーやグレーンウィスキーを混ぜたものをブレンデッド・ウィスキーと呼ぶ。角、響、ジョニーウォーカー、ジャック・ダニエル、カナディアン・クラブなどがそうだ。一般的に、飲みやすく、安心して飲むことができる。音楽に例えれば、それはオーケストラ。

あとは産地。世界五大産地は以下の通りで、各地域で味や香りも大きく異なる。

  • スコットランド:スコッチ・ウィスキー
  • アイルランド:アイリッシュ・ウィスキー
  • アメリカ:アメリカン・ウィスキー(バーボン)
  • カナダ:カナディアン・ウィスキー
  • 日本:ジャパニーズ・ウィスキー

とりあえず、シングルモルトとブレンデッドの違い、産地の違いだけ押さえておけば、大抵なんとかなると思うし、好みのウィスキーも探しやすくなると思う。

ウィスキー、その魅力

思うに、ウィスキーの魅力は味と香り、個性(あるいは調和)、そして時間だ。

ウィスキー、その味と香り

ウィスキーは甘いものだと言ったら、「いよいよ狂ったか」と思われるだろうか。実際、美味しいウィスキーは甘露なのだ。芳醇な香り、アルコールの痺れる感覚、独特の風味が過ぎ去った後、遅れてやってくる甘さがあるのだ。 (狂っているのもあながち間違いではないのだが、本筋から離れるのでここでは割愛する)

香りと味の調和が取れたウィスキーは本当に美味い。オン・ザ・ロックやハイボール、水割りで飲む方も多くおられると思うが、個人的にはストレートか少し加水するトワイスアップで飲んでみてほしい。少しの水を加えたり、ぬるくすることでウィスキーの香りが開くので。冷たすぎても味がよく分からないし。

是非とも、そこそこのウィスキーをそのままの味わいで飲んでみて、味と香りを堪能して欲しい。

ウィスキー、その個性

上でも触れたが、その土地ごとに様々なスタイルのウィスキーがある。原材料は主要なファクターの一つに過ぎない。

貯蔵されているウィスキーは樽を通じて呼吸をしている。なので、樽の材質によっても香り・味が異なる。気温や湿度、さらには風通し、棚のどこで貯蔵されたかにも左右される。蒸留所がどこにあるかも大きな要素だ。海の近くなら海の香りがするし、山の中なら山の香りが少しずつ染み込んでいく。

スコットランドのアイラ島が有名だが、製麦の過程でピート(泥炭)を使って乾燥させると独特のスモーキーさが出る。ラフロイグなんかは正露丸の味がするとか言われ、好き嫌いが分かれるが、個人的には大好きだ。この他、ポットスチル(蒸留器)の形でも味は変わる。このようにしてウィスキーは多種多様な影響を受けながら、一樽ごとに異なる個性を身に着けていくのだ。ブレンダーってマジですげぇよ。

ウィスキー、その時間

山崎蒸留所の何度めかの見学の際、モルトウィスキーの樽詰め前のもの(ニューポットと呼ぶ)を飲む機会があった。 麦焼酎かと思った。率直に言って「なんじゃこりゃぁ!」という味である。そんなニューポットも時間をかけて樽で熟成されることであんなに美味しくなるんだからスゴくない?スゴいよね。

年月を重ねるごとに、開栓をしなくとも樽の中でウィスキーは減っていく。この減ったのを『天使の取り分』と呼ぶそうな。ある人は「樽に染み込んだり、蒸発しているだけなのでは?」という。違う。天使がこっそり飲んでいるのだ。ロマンを感じろ。詩人であれ。

例えば10年物のウィスキー。10年と言えば小学4年生が成人になり、ちょっとしたおっさんが結構なおっさんになるくらいの年月だ。それだけの時間を樽の中で過ごしてきて、今それが目の前にあるという事実、それだけでも良さがあると俺は思うのだが、いかがだろうか? 時間と自然の結晶を飲んでいるのだ。

余談だが、カネの話だ。サラリマンの方々ならご理解いただけると思うが、年月をかけて作り上げていくということは即ち、商品化に時間がかかるということである。それはキャッシュフローに露骨に効いてくる。仕入れてからしばらく(例えば10年)現金化できないって相当なリスキーな商売やで? 相当な覚悟が無いとできない。この間、なんとか他の商品でやっていけないかと、りんごジュースを始めたのが大日本果汁株式会社、今のニッカである。色々な苦労があるんだななぁ。

蛇足|このウィスキーが美味い!2019

最後に、最近飲んで美味しいと思ったウィスキーを3つほど紹介して終わりにしたい。一本買うにはちょっと勇気のいる価格のものもあるので、バーとか行って見かけたらショットで飲んでみて欲しい。

Kilchoman Machir Bay

スコットランドのアイラ島はウィスキーの名産地の一つだ。ボウモア、ラフロイグ、カリラ、アードベッグなど、名ウィスキーを産出している。この島にある蒸留所はどれも海に近い。樽熟の間に海の香りを吸って潮や磯、ヨードのような独特の香りがする。2005年、アイラ島に124年ぶりに新しく蒸溜所が誕生した。名をキルホーマン蒸留所という。

そのキルホーマン蒸留所のスタンダードがマキヤーベイだ。ピート香もヨード香もキツすぎるということは無く程よいバランスが保たれており、非常に美味しい。3年~5年熟成の原酒がブレンドされているという。これを贈ってくれた師匠はこう言う。「新しい蒸留所で若い原酒であっても、良いものはできるのだ。君もそうあれ」

Stagg Jr.

ケンタッキー州にある米国で一番古い蒸留所、バッファロートレース蒸留所が製造しているバーボンウィスキー。間違いなく美味い。味わいはリッチで甘く、チョコレートのような味がする。バランスも最高。後にやってくるスモーキーさやチェリーのような香りも抜群にいい。

Stagg Jr. の残念なところは全然見かけないことだ。アメリカへ出張に行った時、休みの日に酒屋巡りをしたが、笑って「あるわけねーじゃん HAHAHA!」と言われること多々、「これ最後の一本だったよ、ラッキーだったね!」というのが一軒、という状態だった。大事に包んで持って帰った。販売のタイミングの良し悪しもあるらしいので、誰かアメリカとかに出張、学会、旅行などで行く機会があったら買ってきて欲しい。

同じ蒸留所で製造しているBuffalo Trace、Eagle Rareも存分に美味いので是非。こちらは比較的日本でも手に入る。

KAVALAN Classic

台湾のKAVALAN蒸留所で製造されるシングルモルトウィスキー。亜熱帯の台湾で蒸留所?マジで?と思ったが、どうやら高地にそれはあるらしい。味わいは甘く、トロピカルフルーツの味がする、気がする。それからめちゃくちゃ濃厚。

2006年に蒸留開始、2008年に販売開始と、Kilchomanと同様の新進気鋭の蒸留所だが、品評会デビュー戦で驚異の高評価。賞もたくさん獲っている世界屈指の蒸留所だ。

昨年、Distillery Selectというお手頃なラインも出たのでご安心だ。 こちらもとっても美味しいぞ。

※お酒は二十歳になってから。飲み過ぎに注意しましょう。飲酒運転ダメ、ゼッタイ。

【次回】煙が目にしみる

中野(Hr. / トリスを飲んで女の子とハワイに行きたいマン)

参考文献

村上春樹、ウィスキーを語る。
村上春樹は長編が持て囃されがちだが、短編とか紀行文もすごく良いので騙されたと思って読んでみては。
俺は長編なら『ダンス・ダンス・ダンス』が、短編集なら『回転木馬のデッド・ヒート』が好き。

今週のリコメンド: Chouchou

君はセカンドライフを覚えているか? Chouchouはあそこを活動の場としていた音楽ユニットだ。今もインターネット上、色々なサービスを中心に活動しているぞ。ウィスパーボイス、そして泣きのピアノがたまらない。まぁ、一回聴いてみてよ。新EPのUtopiaも出たぞ。spotifyで聴けるので俺は歓喜した。Youtubeの公式アーティストページはこちらから。

余談1:師匠の結婚祝いとして、ジョニー・ウォーカーのブルーレーベルを贈った。Something blueなだけじゃなくてSomething oldなのも良いよね、と思って。しかもブレンデッドだし。そして、何より美味い。消え物だけどそういうこと気にするような関係性でも無いし。ウィスキーにメッセージを託す、というのもなかなか乙なものだと思う。

余談2:Stagg Jr.はGeorge T. Staggという最高級バーボンの姉妹品でもある。こちらはまだ飲んだことがない。おそらく死ぬほど美味いんだろう。だが、Stagg Jr.に輪をかけて品薄も品薄。年間生産量400本ってなんだよ。見かけたことすら無ぇよ。というか、見つけたところで高くて手が出ねぇよ。50億円欲しい。

余談3:先日、弊団体の消える魔球こと勇魚さんが所属している社会人音楽サークルのライブに行ってきた。ライブ感があり良かった。転換の合間、彼に「なんでそんなにネタがあるんですか?」と聞かれたので「なんでやろうなぁ? 真面目にやってきたからよ」と答えておいたが、よくよく考えれば好きなことを書いているだけです。


シェア: