【コラム】映画で辿る東ドイツ

歴史を変えたり無かったりすることはできない。

過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目になる。

リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー( 元ドイツ大統領 )
1985年5月8日の連邦議会における演説

先日、大型連休も始まりの頃、実家へ帰省した。帰ってきたは良いものの、やることも予定も特に無く、とりあえず汚れていた洗面所を掃除した。とはいえ、念入りに掃除をしてみても1時間もかからない。結局ソファで犬と一緒に昼寝をする始末。このままではゴールデンがくすんでしまうと一念発起し、バスに乗って映画を観に行った。『希望の灯り』という映画だ。

ヨーロッパの映画が好きだ。映像や音楽で説明や心理描写をする傾向が強いように感じる。観客への信頼、考える余地、行間…そういうものがある。とっつきにくい映画が多々あるのも確かだ。毛嫌いしている人も多いだろう。よく分からない映画もあるのは確かだ。が、良い映画も勿論たくさんある。

ヨーロッパ映画の中でも、東ドイツを舞台にした映画は良作が多い気がする。今回は、先日観た『希望の灯り』も含め、現在から過去へ遡る形式で、東ドイツを舞台にしたヒューマンドラマ的映画を紹介していこうと思う。

『希望の灯り』|現在

旧東ドイツにある会員制スーパーマーケットが舞台。酒の在庫管理係として配属された寡黙な新入社員が主人公。教育係はかつての東ドイツで長年トラック運転手を勤めてきたベテラン。主人公はお菓子コーナー担当の女性店員に恋したりする。

ベルリンの壁崩壊後、既に老境に入った東ドイツの労働者は、また、今を生きる若者はどのように働き、生きているのか。閉店後に灯りの落とされた店内で店長がクラシックを流すシーン、クリスマスの夜を皆で騒いで楽しむシーン、魚の生簀を眺めるシーンなど、どのシーンも音楽・映像・台詞・芝居が一つ一つ印象的で、心に刺さってくる。スロットのSEをこんなに効果的に使っている映画は初めて観た。

生きていくことの大変さ、人には言えない苦しさ、えも言われぬ切なさ、真面目に働いていくことの大切さ、そして 人との絆と、継承していくということ… 慎ましやかな幸せ、という言葉が本当にしっくりくる良い映画だった。なお、笑いはあんまりない。

2019年5月10日現在、全国のミニシアターで上映中なので、気になる方は観に行ってみてはいかがか。作品情報・劇場情報などはこちらから。

『グッバイ、レーニン!』|ベルリンの壁崩壊

母と姉と暮らす青年が主人公だ。父親は西ドイツに亡命。母はその反動でガチの社会主義者。青年は反体制デモに参加するが、それを見てしまった母親がショックで心臓発作を起こし、昏睡状態に。しばらくして目覚めたは良いものの、昏睡している間にベルリンの壁が崩壊してしまっていた! 再び精神的ショックが与えられたら、マジでお母さん死んじゃう! 大変だ! というわけで、主人公が母に壁が崩壊したことを知られぬよう、奮闘したりする話。

家族愛方向のベクトル強めの、笑いあり涙ありの名作。思い出は美しいもの… 前を向いて生きていかねば… 家族は大事にね… 親孝行しよう… と色々と頭をよぎって号泣した。泣ける。超泣ける。

かなり有名な作品なので、既に観た方もおられるかもしれない。今回紹介する映画の中でどれか一本だけ選べと言われたら、是非これを観てほしい。万人受けするし。

『善き人のためのソナタ』|冷戦下

テレビもねぇ!ラジオもねぇ!ネットもモチロン繋がらねぇ!という今では考えられない環境下で一人暮らしをしていた頃。夕食はほぼ毎日ペペロンチーノ。当時の帰宅後の楽しみといえば、学校の書庫から引っ張り出してきた本を読むか、数少ない資産であるノートPCで借りてきたDVDを再生し映画を観るか、という二択であった。そんな頃、近所のレンタルショップ(B級映画が妙に多かった)でアカデミー賞外国語映画賞の文言に惹かれて借りた一本が、この映画だ。

主人公はシュタージ(秘密警察・諜報局)の淡々と仕事をこなす、鉄仮面を被ったような役人。盗聴とかして国家反逆罪の疑いがあれば尋問とかするプロ。ある日、人気劇作家が反逆の恐れあり、ということで盗聴を始めるが…

盗聴をする中で、人を愛すること、詩を読むこと、そして音楽を聴くことで、だんだん主人公が影響を受けていく。この音楽が、タイトルの『善き人のためのソナタ』だ。人の善性、信念、芸術、「善き人とはどういう人なのか?」を考えさせられる。そして、クライマックスのあとにやってくるラストカットが本当に良い。なお、笑いは全くと言っていいほど無い。

『あの日のように抱きしめて』|第二次世界大戦後

「これ、東ドイツか?」と聞かれたらちょっと困ってしまうが、前の三作品と同じようなベクトルを持っていて、何より、音楽が重要な小道具になっているのでピック。吹奏楽団のブログだしね…

かの悪名高きアウシュビッツ収容所で、顔もズタズタになったものの終戦まで生き残った女性歌手。顔をできるだけ元のように修復し、愛するピアノ弾きである夫を探し出して何とか再会できたものの、夫は収容所に送られた彼女は死んだものと思い込んでいて、彼女が妻だと気付かない。さらに死んでしまった妻の資産を手に入れるために妻になりきってくれ、と頼む始末。なんと切ない。切なすぎる。切なすぎて泣ける。 なお、笑いは一切ない。

この映画、イントロからラストシーンまで、様々なシーンでジャズのスタンダードナンバー、『Speak low』が流れている。何よりラストシーンでの主演のニーナ・ホスの歌いっぷりが凄い。そして、演技、演出、どれをとっても凄い。マジで凄い。あまりの凄さにあてられて、自宅に帰って色々なバージョンをエンドレスで聴き漁ったほどだ。また、歌詞と映画のマッチ具合がハンパない。歌詞をざっくり言えば「時は余りにも早く過ぎ去ってしまうから今すぐ愛を囁いて」。この曲を書いたのがナチスの迫害を避けてアメリカに亡命したクルト・ヴァイルであるというのも、一花添えている。

原題は『Phoenix』。燃えてもなお灰の中から蘇るといわれる不死鳥。映画を観た後に原題を考えると、本当に良いタイトルだと思うんですが。

劇場で観た衝撃が忘れられず、セル版が出た瞬間に買ったほど、お気に入りの映画だ。同じ監督・主演女優・主演男優の、『東ベルリンから来た女』も良作なのでよければこちらも是非。

蛇足|灰色の生活からの脱却

時は余りにも早く過ぎ去ってしまう故に、世間はせわしなく、やることも多く、映画(ならびに他の芸術も)見る暇なんぞねぇ、という人が多いと思う。が、だ。

人間が人間らしくあるためにも、感動は必要だ、と思う。芸術なり自然なり、何かしらに触れて、感動を覚えるのは人間の特権だ、とも。変わらない毎日の中で、糊口を凌いで、気がついたときにはSix Feet Under、というのではあまりにも人生が無味乾燥すぎるのではないか?ロクな働きもしていないおまえが言うな、と言われそうだが。

もし、ここまで読んでくれた貴方が灰色の生活を送っているというのならば、週単位、なんなら月単位でも良い、120分程度だ。もしソシャゲとかSNSとかギャンブルとかタバコ休憩とかに当てている時間から、なんとか120分ほど捻出して映画を観ることができれば。そうすれば生活に色が戻ってくるかもしれない。

今回紹介した映画は、アベンジャーズとかワイルド・スピードとかそういうアッパーで彩度が高い映画ではない。灰色からほのかに色付けされるようなばかりを映画を選んだつもりだ。願わくば彩りのある人生を。

【次回】彩り、絵画、祈り

Nakano: 30 Jahre alt, ledig, keine Frau, keine Kinder, keine Haustiere.

関連書籍

MASTER キートン

浦沢直樹さんの代表作の一つ、マスターキートン。しばらく絶版だったが完全版として復刊している。ある時は大学の考古学講師、保険のオプ(調査員)、探偵、元英国軍SAS隊員・サバイバル術の教官。連載時はまだ東西ドイツに分かれており、連載中に東西統一された。東ドイツを舞台にした話も多い。一話~三話完結で読みやすく、どれも心に響く話なのでおすすめ。砂漠ではスーツが良いとかそういう雑学も盛りだくさん。『屋根の下の巴里』『穏やかな死』『シャトー・ラジョンシュ1944』が特に好き。

余談1:で、全部観たあとに『帰ってきたヒトラー』とか『チャップリンの独裁者』とか観るんだ。
特に独裁者はラストの演説シーンが最高だ。

余談2: 善き人のためのソナタの冒頭、配給会社のロゴが出てきた瞬間に思ったことは「ゲェっ!アルバトロス!(ジャーン!ジャーン!)」
アルバトロス・フィルム… 『八仙飯店之人肉饅頭』、『シャークネード』、『えびボクサー』、『キラー・コンドーム』など、名だたるB級・Z級映画を配給している大御所配給会社。そんなアルバトロスがうっかり買った『アメリ』が大ヒット。これをきっかけにアート系作品にも手を出し始めた。この映画も、その系譜の一作である。この映画を観て以降、割と安心してアルバトロス配給の映画を観られるようになった。
そういえば『あの日のように抱きしめて』もアルバトロス配給。

余談3:映画で頭を空っぽにしたい?『ザ・グリード』を観なさい。
パニックホラームービーの最高傑作。個人的映画ベスト5番外。
でも昔は木ローとか午後ローとかで放送してたけど最近観ないし、ストリーミング配信は無いし、セルのDVDは1万円超えてるし、レンタルでも見かけない。どうして… どうして…


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