おまえには突き動かされる何かがあるか?

よく来たな。おれは中野だ。インプリメーレというバンドでホルンを吹いている。
なんやかんやあり「なんかブログ記事を書きなさい」ということになったので、なんか書くことにしたが、別に一回一記事ともいわれていないので、今日はこのブログで度々いわれている『ライブ感』とゆうものについて、おれなりの考えをおまえにわからせる。

先にバンドのメンバーとかがライブ感について語っており、それは下のリンクをみろ。

おまえはおまえなりの捉え方をしろ

人間が樹立する事物間の絆は、事物に先立って存在し、事物を決定する働きをなす。他の場所においては事物すなわち、与えられた対象が存在し、ついでそれをさまざまな視点から観察することができる。此処においては、それが正しいにせよ誤っているにせよ、まず在るものは視点だけであって、人間はこの視点によって二次的に事物を創造する。…いかなる事物も、いかなる対象も、一瞬たりとも即自的には与えられていない。

フェルディナン・ド・ソシュール『手稿9、3295a』

ざんねんなことに物事とか言葉とかの捉え方が他人とかんぜんに一致することはありえない。だから夫婦げんかとかが起こる。とはいえ、他人の捉え方を知ることはできるので、おまえはひとのはなしをきけ。はなしをきいてから、それから戦うなり従うなり逃げるなりしろ。
ひょっとしたら、おまえが持っている全てのものごとの捉え方とかんぜんに一致しているやつと出会うかもしれない。それはラプラスの悪魔とかドッペルゲンガーとか何かそういうやつなので、すぐに家に帰ってコロナを飲め。

音楽に関していえば、ライブの他にも演奏会、コンサート、リサイタル、ギグ… いろんな言い方があるが、その線引きは人それぞれだし、細かいことをゆっても仕方がないということがこれでわかるだろう。
事実をほったらかしにして、いちいち言葉を捕まえて細かいことをどうこうゆうようなやつは、いずれサボテンに刺さって死ぬのでおまえはおまえの捉え方を信じろ。

なぜおれがこんな話をしているかというと、ライブ感という言葉の概念が生まれたてのベイビーよりもふわっとしているからだ。ボイル・シャルルの法則とか王蟲の法則とかは世界どこへいっても通用するほどキマっているので強い。
だからおまえがキューバとかでブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのメンバーとかに「ライブ感ってなんなんですか?」聞いても「¿Quién es usted ?」とか言われておまえはよく分からないまま帰ってきて… バーでたまたま隣りに座ったベイブと結婚することになり… 孫に囲まれて死ぬ…
つまり、 おまえがライブ感についてどう思うかはおまえが決めなければならないということだ。とはいえ、おまえが「ライブ感ってよく分かんないや」という状態だったら、おれの意見を参考にしてもいいだろう。

彼はまだ左右に浮かんで見えるサイバーイルカに語りかける!
「オイ、あれは確かにジェイクだったよな?」
『サイバネに溢れたこの世界で、ジェイクかどうかを精確に定義するのは難しいね』
「じゃあどうすんだ」
『ソンケイを信じるんだ』
「つまり俺が奴をジェイクだと認識した事が重要なわけだろ」
『そうさ』
『彼が俺はジェイクじゃないって言っても、彼自身にそれは証明できないんだ』
「そうだよな!」

ブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ
『ニンジャスレイヤー 「マグロ・サンダーボルト」』より抜粋

おれなりのライブ感

ライブ感というのは大きく3つの要素でできているとおれは考える。ひとつめは「いま、ここ」感、ふたつめは観測者の存在と干渉、みっつめはノれるかどうか、この3要素だ。

「いま、ここ」感

「いま、ここ」感は時間とおおきく関係している。即時性とゆってもいいかもしれない。
芸術の中でも音楽は時間がなければ成立しないものであることをおまえは理解する必要がある。時間停止ものの桃色動画の9割はヤラセという噂があるが、時間が停止した世界では音楽は鳴らないし存在しえない。同じ芸術でも絵画は時間が止まっても存在することができる。そういうわけなので、音楽はそもそもライブ感の一要素は潜在的に満たしているとゆえる。

絵画にしても、ライブ・ペインティングは「いま、ここ」感がある。演劇も劇場で観るのは「いま、ここ」感がある。映画とか多くのドラマにはあんまりない。
ニュースもライブ映像だと即時性が強いし、中継ちゅうに何か起こったりすると大きく「いま、ここ」感はぞうふくする。ところが夜のニュース番組で報道されるときにはもはや「過去のどこか」になってしまっていたりして、カリフォルニアでバターコーヒーとか飲んでるやつらのコメントにまみれ… もう何が何だか分からなくなり… 事実はすり替えられ… きずけばおまえはビッグ・ブラザーに支配されている…

「いま、ここ」感にも強弱はある。生演奏はかなり強く、 アドリブは最強だ。 録音された音源は弱くなりがちだが、パーティとかのDJ MIXなんかは強い。
ここまでいえば、なんとなくおまえもわかるだろう。 そういうことだ。

観測者の存在と干渉

観測者はライブ感にとって絶対に外せない要素だ。
たとえばおまえがメキシコの荒野でひとり歌っていても誰も聞いていないのでライブとは言いにくいが、メキシコの荒野ですら100人を前に歌えば、ライブとゆっていいだろう。
言ってしまえば、だれかがそれを観測しないことにはライブは成立しない。これは箱の中の猫が誰かが観測するまで半分死んで半分生きているとかゆうのと似ている。誰かが観測するまでそこにライブがあるかどうかはかくりつてきにしか存在しない…

また、観測者どうしの干渉があるとライブ感は強い。拍手とか歓声、ノイズなんかがそうだ。極まるとモッシュとかダイブとかなどに巻き込まれて慣れていないと危ないことになる。
録音でもライブ盤とかはJust Nowではないにもかかわらずそういうのがある。ビル・エヴァンスというすごいジャズ・ピアニストがいるが、彼のトリオの名盤中の名盤『Waltz for Debby』なんかは笑い声とかグラスの音、拍手とか入っており、非常にライブ感があると思う。
余談だが、個人的には『Undercurrent』とか『Symbiosis』とかが好きだ。

ノれるか

最後にノれるかどうかだが、これは感情が動くかどうか、ともゆえる。
ノれるというのはビートに突き動かされて体が動いてしまうようなことだけをゆっているのではない。何かから受ける興奮、喜び、悲しみ、楽しさ、美しさ、儚さ、壮大さ… そういう全部をひっくるめておまえが何を感じるか、ということだ。

EDMとかで「Put your hands うp」とか「Everybody jump なう」とかやってたりするのは、そうゆうので体を動かさせて興奮させるのと同時に、さっきゆった観測者同士の干渉を引き起こし、そうごうてきにライブ感を盛り上げてるといえよう。

さっきおれはメキシコの荒野で100人を前に歌ったらライブになるといったが、この100人が実はロボトミー手術を受けていたとか、オリエント工業から来た刺客だったとかなると、おまえはあまりの反響の無さにおそらく悲しくなり、そのまま101匹ワンちゃんよろしく荒野をさまようことになるだろう…
このあたりにライブ感の『感』たるエッセンスがあるのではないかとおれはにらんでいる。

おまえには最高のライブ体験があるか?

おれには忘れられないライブがある。FUJI ROCK FESTIVAL ’11のケミカル・ブラザーズのアクトだ。

2011年夏… おれは直前のYMOのアクトを存分に楽しみ、「もう無理… しんど…」とグリーンステージの最後方に設置したベンチで横になっていた。当時のおれはあまりにも若く、あほであり、真の男たちであるケミカル・ブラザーズにはあまり興味が無かった。
それでもなお、彼らのアクトが始まった瞬間、おれは何かに突き動かされ、踊りださずにはいられず… 終わる頃にはかんぜんに足元が田んぼ状態になったグリーンステージのど真ん中で完全燃焼し… 生きている… と実感した。
あれこそがライブ感だったのだと、いまのおれは思う。
このアクトは『DON’T THINK』というライブ盤(+映画)にもなっているので、気になるなら調べてみてもいいかもしれない。

もしおまえに今までで最高のライブ体験というのがあるなら、そこにおまえのハートにスマッシュヒットするライブ感があったんだろう。
もしおまえにそういうのが無いのだとしたら、色々と足を運んで探せ。ひょっとしたら、おまえには既にその体験があるのに思い出せないだけかもしれない。音楽だけじゃない。世界にはいろんなものがある。

突き動かし、突き動かされろ

ここまでライブ感について語ってきた。おまえがライブ感とゆうものについて、どう捉えるかはおまえが考えろ。
もしおまえが送り手側の立場なら受け手がライブ感を感じられるように全力でやっていくべきだろうし、もしおまえが受け手側の立場なら全力で送られてくるパッションとかを受け止めたほうが、よりよい時間を過ごせるだろう、とおれは思う。

ここまでだ。何をつくり何にふれるにせよ、突き動かし、突き動かされるようなことをやっていけ。

中野(30代・男性・Hr.・女子高生)

■ お問い合わせはこちらから!

当団に関する質問やご意見などは、
下記のボタン(Google Form)からお願いします。

お問い合わせフォーム

■ THE LIVE 2019 -Go To Eleven

  • 2019.10.19(Sat)Open 13:00 Start 13:30
  • @伊丹アイフォニックホール(LINK
  • 〒664-0895 兵庫県伊丹市宮ノ前1-3-30
  • 入場無料

■ 団員募集中

吹奏楽団インプリメーレでは、ともに音楽を創っていくメンバーを募集中です。

「目標に向かって成長したり、最高の音楽を表現したい!」

あなたの「目標」「最高の音楽」が何かは問いません。
みんなの心に残る演奏がしたい、技術的に上手くなりたい ─── 。なんでも良いんです。

音楽に対する熱意を持つ方ならウェルカムです。

詳細な団員募集については以下をご覧ください。

団員募集の詳細はこちら

シェア: