【コラム】煙が目にしみる

タバコは完全な愉楽の完全な典型である。
実にうまい、そして不満を追い払う。それ以上何を望もうか。

オスカー・ワイルド(アイルランド、劇作家)

先日、Bill Evans -Time Remembered-を観た。伝説のジャズピアニストの一生に迫ったドキュメンタリー映画だ。

Bill Evansは最高だ。非常にリリカルで心に染み入るメロディとハーモニー。アップテンポからスローテンポな曲まで、完璧に弾いてみせるその演奏力。影のあるアドリブ。

パッと思い浮かぶ彼の姿と言えば、神経質そうな表情、端正に撫でつけられたオールバックと眼鏡だ。もはや眼鏡の似合うアーティストの殿堂入りを果たしており、彼の掛けていた眼鏡(その名もJAZZ)は復刻版として今も売られているほどだ。そして、彼は煙草の似合うピアニストでもあった。

今回は、そんなドラッグの果てに血を吐いて死んだ哀しきジャンキーに思いを馳せつつ、最近巷で忌み嫌われる煙草について一筆したためたい次第である。

テーゼ:残酷な天使の

ある人は言う。煙草は百害あって一利無し。吸うべきではない、と。

まず、煙草は体に悪い。口腔がん、喉頭がん、肺がん、気管支炎、喘息、肺気腫、脳卒中、心筋梗塞、歯周病、etc. 諸々の致命的な病気のリスクが大幅に高まることが既に知られている。肺活量の低下や、それに伴う運動能力の低下にも目を向けるべきであろう。中毒性も深刻だ。健康な体を持ち、長生きしたければ煙草は吸うべきではない。ましてやブレスコントロールが一大事である吹奏楽パーソンにとっては、危険物以外の何物でもない。

そして、臭いがきつい。非喫煙者からしてみたら公害みたいなものだろう。晴れた冬の朝、パン屋から漂う焼けるパンの香ばしい香り。そこへ煙草の臭いが漂ってきたら残念としか言いようがない。また、吸い終わった後も臭いはまとわりつく。口臭だけでなく、服に、髪に、壁紙に。煙草を吸ってきた人というのは一発で分かってしまうわけだ。

お金も勿体ない。最近は税金も上がった。一日一箱吸ったとして500円/日。182,500円/年。十年で一台は必要十分な車が買えるくらいの額になる。

他にも、歯にステインが付くことで見た目が損なわれる、肌が老化する、味覚が落ちる、街が汚くなるなど、デメリットは計り知れない。吸わない人からすれば迷惑この上なく、クリーンで健康な毎日を過ごすべく、煙草は吸わないに越したことはない。と、彼は言う。

アンチテーゼ:煙草の効用

またある人はこう言う。煙草は人生を豊かにするために必要不可欠だ、と。

健康、確かに大事だし結構なことだろう。人にとって健康は大きななファクターだ。だが、健康であらねばならないという思想はどこから来るのか? 人は幸せになるために生きている、と言うが、何故そう思うのか? 幸せとは何なのだ? 個人的な感覚だが、幸せは慣れるぞ? 然らば、煙草を吸うことでその瞬間だけでも幸せになれるのであれば、健康を犠牲にしてでも、吸ったほうが合理的と言えるのではないだろうか?

臭い。確かにそうかもしれない。だが、臭いに過敏すぎるのではないだろうか? 煙草の香りが良いという人も世の中には一定数いる。彼らはどうすれば良い?彼らから喜びを奪うのか? 最近では分煙も進み、常に煙草臭いという環境も減ってきたように感じる。多少は寛容になるべきではないか?

貴方がたはそれぞれ趣味を持っているだろう。それにかけている時間と費用はどうだろうか? 一本5〜10分、25円前後という煙草と、貴方の趣味を天秤にかけてみて、どちらが効果的だろうか?

また、煙草を吸っている時間というのは解放、思索あるいはコミュニケーションの時間として貴重だ。煙草を吸いながらぼんやり海を眺めたり、何か物思いに耽っていたりするときに限ってビッグアイデアが降ってくるものだ。また、喫煙所で偉い人に話をしてプロジェクトが進む、他部署の情報交換を行うという会社も殊の外あると思う。

そして、煙草の味は美味い。甘美な悪徳である。

煙草は肉体的には害悪かもしれないが、精神的には恩恵のあるものなのだ。酒と同じくして、人生を彩るアイテムなのだ。と彼は言う。

ジンテーゼ:仲良く棲み分ければ?

彼らの言い分、どっちも言ってることは分かる。人は自らに都合の良い意見を選択しがちであり、数多の認知バイアスがかかるので、議論しながらやっていくしかない。

おそらく今後、煙草はどんどん趣味の世界に突入していくだろう、と思う。キセル、葉巻、高級紙巻き、そういう類のものだ。喫煙場所がパブリックな場所から無くなった時、受け皿としてシガーバーとかがあれば、それで良いかなぁ。

とりあえず、喫煙者は分煙をしっかり守ろう。煙を嫌がる人の前で吸うのは止めておこう。ポイ捨てが言語道断であることは言うまでもないので、携帯灰皿は常に持ち歩きましょう。歩きタバコはNGだ。また、非喫煙者は頭ごなしに否定するのではなく、多少の理解をいただけると嬉しい。

正義を押し付けあっても息苦しいだけであり、争いは絶えず、拳をぶつけ合ったところで血が流れ、いずれ人は死ぬ… 。煙草を原因とする諸々の病気で死ななかったとしても、やがて人は死ぬから…。だから生きているみんなで、仲良くやっていきましょう。

蛇足|各国煙草警告文

煙草の箱に書かれている健康への警告文を自戒がてらメモ。

  • 未成年者の喫煙は、健康に対する悪影響やたばこへの依存をより強めます。周りの人から勧められても決して吸ってはいけません。― 日本
  • Smoking – A leading cause of death
    (喫煙 – 死因ナンバー1 )― オーストラリア
  • Este produto contém mais de 4,7 mil substâncias tóxicas, e nicotina que causa dependência física ou psíquica. Não existem níveis seguros para consumo dessas substâncias.
    (この製品には4千7百もの有害物質、ニコチンが含まれており、肉体にダメージを与え、中毒にもなります。これだけなら大丈夫、というものではありません。) ―ブラジル
  • 吸煙可引致陽萎
    (喫煙は、インポテンツを引き起こすことがあります。)―香港
  • SURGEON GENERAL’S WARNING: Quitting Smoking Now Greatly Reduces Serious Risks to Your Health.
    (公衆衛生局長官による警告:今喫煙をやめれば、あなたの健康リスクは激減します。)― アメリカ

【次回】カレーと音楽

中野(Hr. / 禁煙なら100回以上成功してるよ)

参考文献

煙草に限らず、ドラッグ、過食、アルコール、エロスなど、各種の悪徳は何故気持ちいいのか?
そして何故中毒になり、何故やめられないのか?
いい本だ。人間の理解が進むぞ。
『読むだけで絶対やめられる』なら苦労しねぇよ。
でも、禁煙したかったらその導入にピッタリの一冊。
『マンガで読む』バージョンもあるので、そちらも。

今週のリコメンド:Bill Evans

Bill Evansは言わずとしれたジャズ界の大物だ。聴いたことある方も多かろう。ジャズを聴いたことのない方には、一度聴いてみて欲しいと思う。特に、しっとりした憂いのある音楽が好きな方には気に入ってもらえるはずだ。名盤が何枚もあるので難しいが、マスターピースと言われる何枚かを紹介したい。

PORTRAIT IN JAZZ
ベースのスコット・ラファロ、ドラムのポール・モチアンからなるビル・エヴァンス・トリオ演奏。
枯葉をジャズのスタンダードにした名盤。
Waltz for Debby
姪っ子のDebbyのために捧げたタイトル曲が素晴らしい。
この収録の数日後、ラファロを交通事故で失うことを考えると、哀しい一枚でもある。
モントルー・ジャズ・フェスティバルのビル・エヴァンス
『いつか王子様が』のジャズアレンジが最高。
alone
Bill Evansのソロアルバム。
リリカルの極みである。

余談1:煙草と脚本の組み合わせには妙がある。太陽にほえろ。グラントリノ。コーヒー&シガレッツ。紅の豚。風立ちぬ。カウボーイビバップ。ブラック・ラグーン。サイコパス。よつばと、etc… これだけでもう一本書けるほどだが、センシティブな話なので止めておこう。

余談2:あまりにも規制を強くしすぎると、かえって法が侵され、治安が悪化するというのは、我々は歴史のお勉強で学んできたのではないか? 禁酒法とか。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという。

余談3:最近はゴロワーズ カポラルがお気に入りだ。黒煙草は好みがハッキリ分かれるが、美味しいと思う。ゴロワーズ、悪役が嗜むの小物として頻出するのは何故だ。アメスピの新作も良かった。あと、シガリロが好き。お手軽な葉巻感。コイーバとか、ロミオ・イ・フリエッタとか、モンテ・クリストとか。


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