侘しさと寂しさとノスタルジーと

私は30年前に、人をしかりつけるのは愚の骨頂だと悟った。
自分のことさえ自分で思うようにならないのだ。
神が万人に平等な能力・知能を与えなかったことにまで、腹を立てたる余裕はとてもない

ジョン・ワナメーカー
(米・実業家、 「百貨店王」 )

先日、賛助した演奏会の本番前のことだ。控室でお姉さんが鏡に向かって眉毛を書いていた。おそらく、朝から忙しかったのだろう。つくづく、「女性というのは大変だなぁ!」と思った次第だ。日々の努力に頭の下がる思いである。

しかしなぜ、女性は化粧をするのだろう? 大人としてのマナー、自分を美しく(あるいは可愛く)見せたい、好きな人を喜ばせたい、化粧品という世界に魅せられた。おそらく、どれもある側面からみれば正しいのだろう。ひょっとするとマウンティングの一要素になっているのかもしれない。あなおそろし。理由はどうあれ、美人が多いに越したことはないのでウェルカムなのだが。

化粧品といえば、デパートの一階が好きだ。あのむせ返るような甘い香り。キレイに磨かれた床。美しく並べられた一級品。姿勢と笑顔が素敵な店員さん達。欲望と富の渦巻くきらびやかな雰囲気。時代が時代なら悪徳と謗られていたかもしれないが、時代は資本主義だ。地獄の沙汰も金次第と言う。

今日は、デパートの話をしよう。

デパートの使い方

デパート。行かなくなって久しい方も多いかもしれない。昔は家族で半日から丸一日をかけてデパートで過ごす、というのが理想の家庭とされた時代もあったが、バブル崩壊後は『美味い、安い、早い』の三拍子が揃ったものが持て囃される時代となった。税金や社会保障費が上がり、非正規雇用や派遣労働者の層に厚みが増して所得格差が激しくなり、財布の紐の固さ云々ではなくそもそもの可処分所得が減り、ドン・キホーテに代表されるディスカウントショップが台頭。娯楽も増えたことにより余暇の過ごし方の選択肢が増えた。テクノロジーの進歩もあり、Amazonのようなネット通販が登場し、欲しい物は大抵家にいながら手に入るようになった。そういうわけで、デパートは長い苦境の時を過ごしている。

とはいえ、デパートに利用価値は無くなってしまったのか? そうではないと私は思う。「良い物を欲しいけれども、どこで売っているのかさっぱりわからない」といった、品質第一で物を選びたいが専門店が近場にないような場合。「こんな感じの物が欲しいけれども、幅広く自分が気に入りそうな物を探したい」といった、キュレーションが大きなウェイトを占める場合である。贈答用の赤ちゃん用のおくるみ(あいにく筆者は独身である)、ハンカチ、蝶ネクタイ、浴衣などを最近はデパートで購入した。

また、デパ地下も変わらず良いもので溢れている。お菓子、惣菜、お酒、食料品。「美味しいものを食べないと死んでしまう!」というようなメンタルのときのちょっとした贅沢のためには、デパ地下はうってつけかもしれない。

そういうわけで、デパートにあまり足を運ばない方も、「あんなもの欲しいがどれを買おうか迷っている」「プチ贅沢がしたい」というような場合には、一度デパートに寄ってみてはどうだろうか。

屋上に行こうぜ……

よく国語のテストで、「筆者はこの文章で何を言いたいのか?〇〇文字以内で文中から書き出しなさい」という問題が出る。答えはこうだ。「デパートの屋上の素晴らしさをみなさんも知るべきである。」

昭和から平成初期までデパートの屋上には遊園地があり、子どもたちは動物を模した乗り物に乗ったり、ミニトレインに乗ったり、観覧車に乗ったりして楽しんでいた。そしてそれを慈しみの笑顔で眺める家族。嗚呼、なんと微笑ましい情景だろうか。

かつて、栄華を誇ったデパートの屋上は影も形も無い。消防法の改正や建物の老朽化に伴う改装、採算性の観点による廃止、メンテナンスできる人の減少といった原因により、屋上遊園地は続々とその姿を消している。もはや国内でも数ヶ所を数えるのみである。

今、デパートの屋上にあるのはぺットショップ、花屋、そして夏のビアガーデンくらいであろう。特にイベントのない時に屋上に行くと、見事なまでに閑散としている。テコ入れして綺麗なくつろぎの空間を作っているデパートもあるが、強烈な夏の陽射し、降りしきる雨、あるいは冬の寒い風を受けてまでそこで過ごしたいという人は稀なのだろう。

だが、あのエアポケットがたまらなく好きだ。誰もいないガランとした空間。広い空。下に聞こえる都会の喧騒。唸りを上げる室外機の音。傘に当たる雨粒の音。広く散っていく白い煙草の煙。

かつて栄華を誇った空間の今の姿に侘び寂びを感じ、かつて自分自身がそこで遊んでいた姿に思いを馳せて郷愁に浸る。そのような場所は他になかなか無く、私にとって最高のお気に入りスポットの一つである。

【千客万来】ライブ

我々のライブがいよいよ来月に控えている。概要は以下の通り。詳細については、文末のバナーから参照ください。皆様お越しください。

【次回】一回休み

中野(Hr. / 有閑マダムになりたい)

参考文献

いいひと。(高橋しん)
最終兵器彼女で有名な高橋先生の90年代の作品だ。
スポーツ用品メーカーに就職した主人公は様々な部署を転々とする。
その中にあった百貨店編が良い。
善きサマリア人でありたいな、と思わせてくれる。

今週のリコメンド:GoGo Penguin

ゴーゴー・ペンギンはUKのピアノ、ダブルベース、ドラムスからなるジャズトリオだ。ジャズというとアメリカというイメージが強いかもしれないが、ヨーロッパのジャズも面白い。ロシアの『LRK TRIO』とどちらを紹介するか迷った。

で、実際聴いてみると分かることだが、ジャズというよりもエレクトロニック・ミュージックを生でやっているという方がしっくり来る。これがもう少しクラシックやアンビエント寄りになればPenguin Cafe Orchestraみたいになるだろうし、もう少しクラブ・ミュージック寄りになればA Hundred Birdsみたいになるんだろう。 鳥の名を関したバンドには名バンドが多いのかもしれない。

https://gogopenguin.co.uk/

余談1:人生のどこかで風向きが違えば、『M・A・C』の運営するカフェ・バーで働いていたかもしれないと思うと人生というのは実に奇妙だ。

余談2:デパートは地下もいい。惣菜コーナーが特に好きだ。あの美味しそうなサラダたちには、いつも後ろ髪を引かれる。

余談3:デパートは階段室も情緒があってよい。


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