問題解決と演奏

神よ、与えたまえ。
変えられないものを受け入れる平静な心を、
変えられるものを変えていく勇気を、
そして、その両者を見分ける知恵を。

ラインホルド・ニーバー
(米・神学者)

先日、弊団体の練習で今度のライブに向けた練習をした。全曲、通しでやってみたら、色々な問題が見えてきた。音色、ダイナミクス、ピッチ、タフネス、ペース配分、指回し等々… 解決すべき問題は多いが、何とかするのがいい男というものである。ご来場の皆さんに楽しんでもらえるよう問題の解決を図っていかねばならない。

問題解決。世の中には問題が溢れている。あらゆる人の活動は、問題解決を図るために行われていると言っても過言ではない。我々は問題を解決するために、農耕を始め、組織し、道路を敷き、インターネットに繋がり、便利な世の中を作り上げてきた。脳が大きくなり、問題解決できるようになったことがホモ・サピエンスが地上の覇者たるに至った理由である。

世は、夏休みである。夏休みといえば自由研究。今回は、問題解決のキホンのキを紹介しつつ、より良い演奏の為に我々はどういうアプローチを取ればいいのか考えてみたいと思う。もっと上手くなりたいと思う、中高生の吹奏楽パーソンとかの参考になれば幸いである。

なお、文中のキャメロット・佐藤の問題構造図式について、参考文献の問題解決大全を大いに参考にさせていただいております。

問題=理想と現実のギャップ

大学でIEの研究をしていたことがある。Internet Explorerではない。Industrial Engineering、日本語で言えば経営工学だ。人・材料・装置・情報・エネルギーを総合したシステムの設計・改善・確立に関する、企業や工場における生産性の向上を図る学問分野だ。関係する学問は多岐に渡り、学際学問の一つに数えられる。そして、生産性の向上とは常に、様々な問題との戦いであるので、問題を見つけてやっつけることに特化した学問である。

IEの講義の初めに教えられるのは、問題の定義である。ハーバート・A・サイモンの定義するところによれば、問題とは理想と現状とのギャップである。もしかしたら、会社の講習などで習った人もいるかもしれない。理想がない状態では問題は生じ得ない。「何か問題があるな」と感じているのならば、(明確な理想が描けていようがいまいが)理想と現状の間にギャップがある、ということだ。そして、ヒトは理想と現実のギャップを放置できない生き物である。

図1 問題=理想と現状のギャップ

キャメロット

理想に現実をぶつけて問題を明らかにしようというのは、多くの人が意識的にしろ無意識的にしろやっていることかと思う。これを問題解決手法として昇華したものが『キャメロット』だ。伝説のアーサー王の王国ログレスの都であり、彼の居城があった場所の名であり、幸福に満ちた牧歌的で理想的な場所や時代を指す言葉である。シャングリ・ラ、ユートピアと同義であり、是即ち『理想郷』である。嗚呼、全て遠き理想郷。何か問題か分からないときや、何から手を付ければいいか分からないときに、特に良いと思う。ちょっとやってみるか。

  1. 理想の状態を想像して書き出してみよう。「要するにどうなればいいか?」「問題が全くないとしたら、それはどういう状態か?」をたくさん考えてみよう。理想の描き方は重要だ。いわば目的地であり、これを見誤ると全然違うところに辿り着いてしまう恐れがある。
  2. 理想の状態と現在の状態を比較しよう。書き出した理想の状態から一つ選ぶか、いくつかを一つにまとめてから、選んだ理想と現状を比較して、どこがどう違うのか?を思いつく限り書き出そう。特に複雑な問題の場合には現状の分析は欠かせない。なんとなく分かっているつもりでも、書いているうちに整理されてくるものだ。外から客観的に観察する、ということも必要になるかもしれない。
  3. リストアップされたそれぞれの違いについて、次のような観点から分析しよう。「なぜその違いがあるのか?その原因は何か?」「違いを生んでいるのはどんな問題か?」「違いを生んでいるのはどんな条件や機会か?」こうして出てきた要素をやっつければ、問題は解決するはずである。

せっかくなので、もっと楽器をうまく吹けるようになりたいという諸氏の参考になるよう、今度のライブに向けた問題について考えてみたい。

  1. 理想
    1. ライブ中、ミストーンが無い
    2. ライブ中、終始ダイナミクスが存分に表現できる
    3. ライブ中、終始豊かな音で楽器が鳴る
    4. 状況に応じてテンポ・ピッチなどの調整が出来る
    5. 観客の心に刺さる表現が出来る
      • 今回は、1をピックアップしてみよう。
  2. 理想と現状の比較
    • 音が外れる
    • 調号を間違える
    • リズムを間違える
    • 音価(音の長さ)の過不足がある
  3. 違いの分析
    • 原因
      • 適切な腹圧・振動が達成できていない
      • 出すべき音のイメージが確立されていない
      • 出すべき音のイメージに誤謬がある
    • 条件
      • 譜面の読み込みが不足している曲
      • pp や p といった小さな音を出そうとするとき
      • 疲れが溜まっているとき
      • 集中力が切れているとき

こんな感じだろうか。あとは、問題を生み出す条件や原因を一つ一つ潰していってやれば、ミストーンは無くなるはず。「どうやって潰していけばいいですか?」だって? 師匠曰く、原因が分かったら問題は解決されたも同然である。各々のやり方でやっていっていただければ良い。一般的なところとしては、「基礎練習をする」「楽譜を読み込む」「参考音源を聴く」というところか。もし、解決策の探求も詳しく知りたい、ということであれば参考文献を読んで欲しい。

佐藤の問題構造図式

サイモンの定義した「問題=目標と現実のギャップ」という見方は、一見素晴らしいが、現実の問題解決においては不十分である。我々は通常、このギャップを直接埋めることが出来ないからだ。もし可能なのであれば、それは取り組む必要がないほど軽微であり、簡単に解消されてしまい、誰も問題として取り上げないからだ。問題の構造をつかみ、問題と原因の関係を整理する時に役立つ方法について、帝京大の佐藤教授が一歩踏み込んだ考察をしている。

やりかた。次の図式に問題状況を整理しよう。

図2 佐藤の問題構造図式
  • <目標>は、実現すべき状態や期待される結果である。
  • 問題解決者にコントロールできるのは、<プロセス>への働きかけであり、これを<入力>と呼ぶ。入力に応じて<プロセス>から生じる結果を<出力>と呼ぶ。
  • <制約条件>は、<入力>の時点で存在する客観的事実で、<入力>と<プロセス>を制約するものである。
  • <外乱>は、<入力>のあとに生じた、偶発的一時的なもので<プロセス>の働きを攪乱するものである。
  • 問題とは、<目標>と<出力>のギャップである。

演奏で良い音色を出したい、というサンプルで考えてみよう。

図3 良い音色を出す問題構造図式

悲しいことだが、我々は神でもなく、メフィストフェレスでもなく、魔法使いでもない。師匠からパチってくる魔法の杖も存在しない。銀の弾丸などもない。我々凡百の人間には問題を即時、解決することはできない。悲しいけどこれ現実なのよね。我々がすぐさまコントロールすることが可能なのは、<プロセス>に働きかける<入力>だけである。ここで言えば、いかにして振動を楽器に与えるか、ということが入力にあたる。管楽器であれば呼気により唇やリードなどを震わせ楽器に伝達するが、弦楽器や打楽器においても手法は異なれど振動を与えるという点においては同一だろう。

問題解決のためには、いくつかのアプローチが考えられる。最もシンプルかつ単純明快なのは、<入力>=振動をより適切なものに変更することだ。だから、基礎練習は重要だ。譜面をいくら読み込んでも、音源を聴いても、良い演奏家にはなれない。目標とする音色に近づけるためにはどのような振動を与えるべきなのか?吹き方の悪い癖があるのならばソレを出さないためにはどうすれば良いのか? これを考えながら練習し、対策・解決することが必要である。問題解決に繋がらない練習をするよりも、繋がる練習をした方が目標により早く近づくというのは自明である。

<プロセス>自体を変えてしまう、という方法もあるだろう。例えば良い楽器に交換するとかだ。楽器自体に問題がある場合も無いとは言えない。ただ、弘法筆を選ばず、ともいう。<入力>の良し悪しは<プロセス>の良し悪しを上回る、ということをよく表した諺だろう。(弘法が超良い筆を使ったら最強、ということも忘れてはいけない)

<外乱>の影響を極力抑える、ということも大事だ。摺動性が落ちた結果、本番においてピストンやロータリー、キーが動かないといったトラブルは絶望の元である。プロセスの観点から見ても、外乱の観点から見ても、楽器のメンテナンスを怠ってはならない。<外乱>の存在は、我々の想定外であったものから不意打ちをくらったことを意味している。恒常化したものに対して準備しないのは、単なる不作為の誤りである。天候の変化など、我々にとってコントロールできないものであっても、何らかの予想が立つものに対しては、あらかじめ考慮し<制約条件>に織り込むべきである。

図3を裏返して考えれば、「どう吹けばどのような音が出るのか」が分かっており、「楽譜を十分に読み解き作曲者の意図を汲み取ること」が出来ていれば、初合わせでもそこそこ吹けるんじゃないの?ということが分かる。故に、演奏の基礎や体力、楽典の知識、読解力や想像力が音楽をやる上で本当に大事だと思う今日この頃です。

最後に

何のために我々は問題解決をし、生産性を上げるのか? 師匠が言うには、「ハッピーになるためだ」とのことだ。なるほどね。

問題を明らかにしてハッピーになるには、はっきりとした目標と、現状の正しい認識が必要である。演奏に関して言えば、顧問や先輩が言うところの「いい音を聴きなさい」というのは「目標とすべき音を明確にしましょう」と同義と考えてよいだろうし、現状認識には練習の録音や他者による指摘などが役に立つ。その上で、問題があると思うのであれば、その解決に向けて練習しよう。

そういう気持ちでやっているので、是非演奏会にもお越し下さい。詳細は一番下のバナーから。

【次回】 「うーん…ぶた肉ととん汁でぶたがダブってしまった」

中野(Hr. / 生活上の問題が多すぎる)

参考文献

問題解決大全(読書猿 著)
古今東西、様々な問題解決の手法について紹介。
傑作。一人一冊レベル。買え。
アイデア大全も最高なので、併せて読めば最強だ。
IE問題の解決(川瀬 武志 著)
師匠の師匠による、IE問題を解決するための本。
数理的手法や方法論について書かれた本は星の数ほどあるが、精神的立脚点や哲学的論考について語られている本はこの本しか知らない。
いつだって、問題を解決するのは人間なのだ。

今週のリコメンド:bohemianvoodoo

東京スカパラダイスオーケストラに始まり、PE’Z、soil & pimp sessionsと、ジャズの影響を強く受けたインストバンドは多くあり、近頃は国内でもその数をドンドン増やしている印象がある。J.A.M., mouth on the keys, jizue, TRI4TH, JABBER LOOP, adam at, etc… いいバンドがたくさんある。

そういったバンドの中でも、特に個人的に響くバンドがbohemianvoodoo(ボヘミアンブードゥー)だ。アコースティックギターギターが入っているっていうのが個人的に刺さるのでご紹介したい。

MOMENTS
今年発売された新アルバム。かっこいい。
上で紹介している『石の教会』も収録。

余談1: フリードリヒ・ヘルダーリン曰く、「人が国を天国にしたいと思うそのことが、かえって国を地獄にするのだ」。カール・ポパー曰く、「地上に天国をつくろうとする企ては不可避的に地獄を生み出す。その企ては不寛容を導く。その企ては宗教戦争に至り、そして、魂の救済を異端審問を通じて行うに至る」。理想を追い求める道中で不寛容になってはいけないよ、諸君。それは鬼に至る道だ。『地獄への道は善意で舗装されている』とも言うぞ。

余談2:佐藤の問題構造図式を本で読んだとき、どこかで見たことあると思った。古典制御のフィードフォワード制御のブロック線図とそっくりだった。面白いねぇ。これをフィードバック制御的問題解決手法に発展させたら論文一本書けるかもねぇ。

余談3:<入力>というものも、多分にして周辺環境や心理状態・身体状態の影響を受ける。それこそ、弊団のラジオスピンオフ企画において、消える魔球こといさなさんが言っていたように、朝コーヒーを飲んだか、牛乳を飲んだか、ということから変わってくるだろう、と言う話だ。さらにもう一歩踏み込んで「何故、結局コーヒーを飲むことにしたのか」「なぜ楽器を演奏しようと思ったのか」といった、因果について考えることも面白いと思う。ただ、もっと踏み込んで「なぜ私はここにいるのか」「私とは何なのか」を考えていくと、地獄を見ることがあるので個人的にはオススメしない。


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