先日、友人たちと会うため3日間ほど東京に滞在した。2日目、夕方まで特に予定が無かったので、渋谷のBunkamuraで開催中の『印象派への旅 海運王の夢 ―バレル・コレクション―』という展覧会に足を運んだ。今まで行ったことのある展覧会の中でも一、二を争うくらい素晴らしい展示であった。
スコットランドはグラスゴー出身の海運王、ウィリアム・バレルが生涯を通じて収集した古今東西の膨大なコレクションの中から、19世紀のヨーロッパの絵画作品が出展されている。印象派を中心に、バルビゾン派、ハーグ派の絵画など、本当に良い作品が展示されている。展覧会を二周したのはミュシャ展(先日のスラブ叙事詩全点展示の展覧会)ぶりだ。
後にグラスゴー市に寄贈されたこれらコレクションであるが、寄贈の際の条件の一つが「国外に持ち出さないこと」。ところが、美術館が2020年まで改修工事のため閉館、これに伴い作品を英国外に出せるようになり、奇跡的に日本での開催にこぎつけた次第。今回の展覧会を逃したら、これらの絵画作品を観るためには遠路はるばるグラスゴーまで行かねばならない、ということだ。(それはそれで楽しいと思うけれど。)
このBunkamuraでの開催終了後は、静岡、広島でも開催されるので、近くで開催されるときには是非行かれたし。詳細は下のリンクから。なお、音声ガイドは皆が大好きな大塚明夫さんだ。
芸術の共通項
絵画が音楽と大きく異なる点。まず訴えかける感覚が視覚、聴覚であるという点。そして、空間的な芸術か時間的な芸術かという点。では逆に絵画と音楽に共通することとは何だろうか?
色々考えてみたけれども、情熱、それも誰かに何かを伝えたいという情熱ではないだろうか? 愛しさ、切なさ、心強さ、etc… 作者の抱いた(往々にしてひとつの単語では表せないような)気持ちをそれぞれの得意な分野のコンテナに乗せて届けようとしているのではないだろうか。
例えばあらゆる人の心を打つ、美しい田園の風景があったとする。ある作曲家はそこに神を見て賛美歌を創り、ある作曲家は田園の表情の変化を交響曲を創り、音としてそれを届けようとするだろう。画家はそこで働く人々の尊厳を描いたり、また別の画家は光のきらめきを描いたりして、絵にする。もし写真家であれば瞬間を切り取り田園と空の対比を強調した写真として現像する。詩人なら、持ちうる言葉を並べて田園に吹く風の儚さを詩歌にするだろう。農村に住む人々を主人公として、風刺小説を書く小説家もいれば、悲劇を創作する劇作家もいれば、恋愛映画を撮る映画監督もいることだろう。
また、分野によってはプレイヤーというのも欠かせない。奏者とか俳優とか関係者とかだ。彼ら彼女らは、まず作品を理解し、そして完成させる。送り手でもあり、第一の受け手でもある。プレイヤーの受け取り方のさじ加減ひとつ、そして送り出す腕の善し悪しで、作品の出来栄えが随分変わってくると思えば責任は結構重い。
「俺はこう感じたんだよ!オラァ!理解しろ!」というエゴ。
「こんな感情どうでしょうか?お気に召せば幸いです」というリコメンド。
それが芸術の共通項なのかもしれない。
受け手側の準備
芸術はロゴスを超えたコミュニケーションをしようとしている。送り手側が全力で感情を伝えようとしている。 であるならば、受け手もそこに臨んでいる以上、全てを理解するのは困難だとしても、なんとか分かろうとするというのが人間理解への第一歩ではないだろうか。
「私から切り出したけじめだからキャッチしてよ」と古事記にも書いてある。
「作者はどのようなことを伝えたいのでしょうか?」というようなテストじみたことではない。送り手は創った。受け手(あなた)は受け取った。受け手は何かを感じた。それでいいんだと思う。
「俺はこう思う!それ以外は認めない!」
「この作品の良さが分からないなんて素人かよ」
とか言うやつは釘バットだ。何を感じるかなど、人それぞれなのだから… 本当に心動かされたのなら、作者や関係者にフィードバックするのも良いだろう。
「年に二枚くらいの葉書ならキャッチするよ」と古事記にも書いてある。
とはいえ、受け取るにもある程度の準備があった方が良い。キャッチボール程度ならともかく、プロの剛速球を素手で受け止めるのはいささか危険が伴う。やはり練習をしておけば、何かを感じることも容易になってくるだろう。様々な芸術を鑑賞して感受性を養っておくこと。歴史や文化を理解しておくこと。時間をかけて噛み砕くこと。
色々鑑賞しているうちに、自分が好きも分かってくるだろう。音楽が好き、絵画が好き、映画が好き、劇が好き。切なさが好き、信仰が好き、家族愛が好き。好きなものがあれば、それとその周りを深掘りしてどんどん喰っていけばいい。鑑賞してみて苦手なものをわざわざ食べる必要は無いが、食わず嫌いはもったいない。ド直球のエロ本も違った角度で見れば愛とか美とか感じるかもしれない。
歴史や文化の理解・背景の把握はなかなか難しいが、絵画の特別展であればオーディオガイドや解説本などもあるので有効活用するのも手だ。気に入った絵があればじっくり腰を据えて時間をかけて鑑賞して噛み砕いて堪能すべし。たまに全作品をサラッと流し見をしてソソクサと出て行く元女子の集団を見かけるが、何しに来てんの?と思わなくもない。
蛇足|常設展・コレクション展示
絵画の特別展には人大杉問題、というのがある。日本人はかなりミーちゃんハーちゃんが多いので、大都市での開催だとすごい人の数で絵も碌に見ることが出来ないことも多い。
「俺は何をしに来ているんだ… 人を見に来たわけでは無いぞ…」
と、キレて帰りたくなることも稀によくある。解決策としては、人の少ない時間、たとえば平日・開館直後・閉館前を狙って行くこと。最近は週に1回程度、夜遅くまで開館してくれている美術館なども増えてきているので、その時間帯は本当に穴場だ。ナイトミュージアムはいいぞ。
個人的にオススメなのは、常設展示だ。県民無料の日とか学生無料の日とかでも無い限り大抵ガラガラでゆっくりと眺めることが出来る。各美術館が特に力を入れて収集している分野・画家がいるので、好きなものが出来たらコレクションを目当てに見に行くのもいいだろう。日本人にファンが多いミュシャだと堺アルフォンス・ミュシャ館というのがあるし、山梨県立美術館はミレーを中心にバルビゾン派を収集している。水墨画が好きなら、富山に水墨画の…なんか美術館とかがある。常設展は安いことが多いのでお財布にも優しい。愛。
とりあえずここへ行けば良い作品がたくさん見られる、常設展示サイコー、と思える個人的オススメ美術館を東西ひとつずつ紹介。東は国立西洋美術館。最近はル・コルビュジエの建築作品の一つとして世界遺産になった。上野公園の地獄の門。西は大原美術館。倉敷の美観地区にあるぞ。日本初の私立西洋美術館だ。西洋の名画(エル・グレコの受胎告知がすごい)だけで無く、日本画、古代~現代まで様々な時代の器とかもあるぞ。
というわけで、美術館行って絵とか彫刻とか観るのもいいですよ、という話でした。
【次回】デザイン、アート、サイエンス、エンジニアリング
中野(30代・男性・Hr.・留年アドバイザー)
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余談1:バレル・コレクション展のショップも面白かった。リコーの開発した立体複製画技術のアルゴグラフが凄い。どうしても通常の複製画は紙に印刷するので油絵特有のの凹凸感が無くなってしまい、観え方が全然変わってしまうのだが、この技術はオリジナルの凹凸を再現している。あと、グレンロイヤルのサッチェルバッグが死ぬほどカッコ良かった。欲しい。誰か買ってくれ。
余談2:全体的に若者の街として話題に上がることも多い渋谷の街だが、Bunkamuraのような施設があって本当に良かった。美術館だけじゃなくて、映画館や劇場もあって全体的に最高。行った時は、前回紹介した『希望の灯り』を上映していた。とりあえずここ行っておけばなんとかなる、って施設は強い。東急百貨店で買い物もできるし。
余談3:東京滞在3日目は、師匠と一般参賀に行った。Tシャツがピザ柄で被った。キツイ日差し、進まない行列、倒れる人々。9時30分に東京駅を出て、ようやく皇居前広場に戻ったのが14時。大変ではあったが、一つの時代の切り替わりとして、参賀する価値があった。玉音を現地で聞くことなんて滅多にないしね。良かった。