今日も誰かの誕生日

毎週金曜日、お送りするコラムです。

吹奏楽団インプリメーレでは団員を大募集中です。詳しくは文末の団員募集のバナーからアクセスください。

今週のアップデート情報

リモプリ!!

インプリメーレのメンバーが練習で集まれないので、あれこれ試行錯誤する企画より、今週は『Music from THE INCREDIBLES』(邦題:Mr. インクレディブルメドレー) のTp.版、星野源さんの『家で踊ろう』にTp.(ひょっとするとフリューゲルホルン?)でFeat.した版がYouTubeにアップロードされた。


世の中に 思ひあれども 子をこふる 思ひにまさる 思ひなき哉

紀貫之

ところで先日、師匠の家に初のお子さんが生まれた。まことにめでたいことだ。この先、色々大変なこともあるだろうが(というか、のっけから結構大変な状況だ)健やかに生きていってほしいなぁ、という祈り程度しか俺にはできることはない。

親になるっていうのは大きな人生の節目だよなぁ、と思うけれども、実際に親になったことはない。またその予定も全く無く、あいにく単性生殖もできない。けれども、何かそういう誕生関連の何か体験することはある。誕生日だ。

誕生日のことを考えたことはあるかい

思えば、誕生日に思いを巡らせることということはそれほどない。家族の誕生日を覚えていないと役所関係の書類を書くときに面倒だということと、彼女の誕生日を覚えていないと死ぬほど顰蹙を買うということくらいだろうか。あとは、誕生日の前日の最後の瞬間に歳を重ねることで閏年の2月29日という例外に対処するというやり方がシステム的によくできていて関心することもある。でも、せいぜいそんなものだ。20代後半くらいから、自分の年齢や誕生日にも頓着しなくなった。

昔は数え年でやっており、大河ドラマとかを見る限りでは特に誕生日パーティーを開いていた、ということは無さそうだ。七五三や元服とかはあったけど。ちょっと調べてみたら満年齢概念が日本に導入されたのが明治35年(1902年)の「年齢計算ニ関スル法律」の施行 。それでもちっとも満年齢が浸透しないので、改めて昭和25年(1950年)に「年齢のとなえ方に関する法律」 施行。以降、我々は大抵満年齢でやってきている。

数え年の頃は年単位という大雑把なところでみんな一斉に年を取っていたけれども、満年齢導入により日付単位、個人単位で年を重ねることになった。そのうち、誕生日を祝う文化が形成されて、誕生日にケーキを食べたりするようになった。

ところで誕生日では誰が何を祝っているのだろうか

お誕生日ケーキを食べたり、お誕生日パーティーを開いたりと、誕生日を祝う文化があるけれども、あれは何を祝っているのだろうか。「誕生日おめでとう」と言うことはあるけれど、「誕生日の何がおめでたいんだよ?」と聞かれたらちょっとビビる。年齢を重ねたということを祝うというのはあくまで表層であり、どうも本質はそこではない気がする。いわんや、誕生日をダシに皆で騒ぐだけというのは本質から遠く離れている気がする。

思うにあれの本質は、「生まれてきてくれてありがとう。そしてこれまで生きてきてくれて良かった」、という非常に親心溢れるイベントなのではないだろうか。付き合っている人や友人からのお祝いにしても、似たような愛だろう。「育ててくれてありがとう」という気持ちを小さなお子様に持て、というのは無理筋だし、そういう気持ちを持つ頃には自分で自分の誕生日を祝うということが恥ずかしくなっている。親の目線を持ちえない人間が書いているので、「そんな今更分かり切ったことを」「何を見当はずれな」ということもあるかもしれない。あくまで予想だ。

健康に育ってくれたことを神様なり本人なりに感謝し、それを祝うという点では七五三もそうなんだろう。粒度が細かくなっただけの話で、人の営みというのはそんなに変わらない。けれども、毎年一回でもそういう日があるのは、気持ちのリマインドにもなるし、自己肯定感を満たせるので、いいことだと思う。

もう少しだけ誕生日を大切にしよう

毎日感謝して生きていくというのがいわゆる『あるべき姿』なのだろうが、多くの人はそれどころじゃない毎日を生きている。諸々のバグフィックスも含め、ホモ・サピエンス・サピエンス ver.2へのアップデートを待たないといけないだろう。だからせめて、誕生日くらいは色々祝うべきなのだろうと思う。

そういえば実家の母が、今でも俺の誕生日(あるいはその前後)にケーキを焼いている。すでに本人は実家を出奔しており、そのケーキにありつくこともなかなかないのだけれど。いかん。泣けてきた。落ち着いたら実家に帰ろう。

中野(Hr. / 獅子座)

RECOMMEND_01: 折坂悠太

平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。 弾き語りメインの『独奏』、東京のメンバー中心のバンド『合奏』、京都のメンバー中心のバンド『重奏』の3つのスタイルで活動している。

2ndアルバムの『平成』を聴いたときにグッと来たってのと、弊バンドのいさなさんが推していたのでリコメンド。



余談1: 最近の記事の『マンネリ化』と『つまらん感』がすごい。何かを書くべき強い思いみたいなのが減っており、情動が減っている。今回は久しぶりにこれ書きたいという思いで書き始めたけれど、こっちはこっちでリハビリが必要そうだ。

余談2: 最近、外に出ることも少ないのでSteamのセールで衝動買いして積みっぱなしになっていたゲームや、途中で放置していたゲームを消化している。そういうわけで、ゼルダの伝説 BotWをやり始めたら都度ボロ泣きしてしまい、ろくに進められない。単純に涙もろくなったのか… あるいは結構精神的に追い詰められているのかもしれない。

余談3: Netflixで『攻殻機動隊SAC_2045』が公開されたので早速観た。原作や旧SACシリーズはもちろん、押井版(特にOPとか)を踏襲しており、攻殻機動隊やってるなぁという感じ。初代SACや2ndGIGを見終えたときほどの感動は無いけれど、まだシーズン1であり、お話はこれからも続くしシーズン2が待ち遠しい。フルCGアニメーションになった恩恵として、メカとかエフェクトがすごい良くなった。正直なところキャラは造形や背景から浮いている感じというところで違和感があるけど、とにかくめっちゃ動く。少佐の衣装の首元のロゴがムーのロゴにしか見えない、トグサ君はデイリーポータルZの(剥かない)安藤さんにしか見えないという感想も。

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