演奏会の宣伝活動について

考えなさい。調査し、探究し、問いかけ、熟考するのです。

ウォルト・ディズニー
(米・エンターテイナー、実業家)

先日、今年の冷やし中華がひっそりと終わりを迎えたという話を耳にしました。思えば、「冷やし中華はじめました」という文言はよく見かけるにも関わらず、「冷やし中華おわりました」という文言は見たことがありません。我々は冷やし中華について、大河ドラマのナレーションのなかで死んでいく武将のように扱うのではなく、もっとその死と復活について考えるべきなのではないでしょうか。

「冷やし中華はじめました」の旗などがあると、「嗚呼、今年も夏が来たのだな」と思いますし、「ちょっと今日は冷やし中華といきましょうか」となりませんか? 私はなります。非常にそそる、シズル感と涼しさすら感じる、優れた手法であるようにすら思えます。『マーケティング』はすこしキナ臭い気すらする、見識のある方々が好みそうな言葉ですが、お客さんを呼び、売りたいものを売るという点において役立てることができるのではないでしょうか。近所の鰻屋から相談を受け、土用の丑の日に「う」の付くものを食べましょうという宣伝を考えた平賀源内も、まさか現代において鰻が絶滅しそうになっているとは思わず、きっとあの世で鰻の恨みを買っていることでしょう。もしかすると、鰻に責め苦を受けさせられているかもしれません。これはもう、たまりませんね。

平賀源内はさておき、今回は演奏会の広報活動について書きたいと思います。今回はかなり真面目にやっています。

演奏会を宣伝する理由

なぜ、演奏会を開催することになったら、我々はその宣伝をするのでしょうか。もはやそれが当たり前のように考えられ実行されている昨今ではありますが、きちんと今一度理解をしておく必要があると思います。

この点を考えるにあたって、組織の趣旨・目的の軸がなければなりません。果たして、この組織は「何のために(why)」「何を(what)」実現するのかということです。例えばプロの団体(あるいは個人)の場合には、まずは収入を得るため、会社や組織のブランディング戦略の一翼をなすため、都市の文化レベルの向上のためなどが挙げられるのではないでしょうか。一方で、地方のアマチュア楽団であれば、まずは自分たちが楽しむため、そしてより身近な所で音楽を楽しめる環境を維持するため、あるいはより演奏のクオリティ高めるため(分かりやすい目標としてコンクールで賞を取る)といったことが挙げられるでしょう。

演奏会として外向きに演奏する以上、何らかの狙いがそこにはあるはずです。それを成立させるためにはお客さんがいなければなりません。求めるものが楽しみにしろ、チケット代や物販による収入にしろ、文化的な環境の維持向上にしろ、動員数がほぼリニアにその狙いの効果として出てくるはずです。故に、宣伝をして、用意した箱が極力いっぱいとなるように宣伝などをするのでしょう。

話は変わりますが、積極的に宣伝する必要のない演奏会というのはあるのでしょうか? 一つには、既にブランドや開催頻度が確立されており、宣伝をしなくても箱が完全に埋まることが想定されているケースが考えられます。その場合でも、多少の告知は必要となるでしょう。もう一つ考えられるのが、来場者を必要としないケースです。完全に内向きのコミュニケーションや自己満足のためにやっている場合で、それらが第三者の存在なしに満たされる場合においては宣伝する必要は無いかもしれません。

演奏会としての体をなし、宣伝をして動員を求める以上は、一体この演奏会は何を目的にしているのか? 我々は何を得ようとしているのか? 来ていただいた方に何を持って帰ってもらいたいのか?ということを各々の立場で今一度確認する必要があるのではないでしょうか。これは演奏会だけに限らず、あらゆる企業や団体の活動にも普遍的に言えるのかもしれません。

皆さんご存知のドラッカーというマネジメントの大家がいらっしゃいます。彼は1970年以降、非営利組織に対して積極的にコンサルティング業務を行っていましたが、彼が非営利組織向けに問うていた「最も重要な5つの質問」というものがあります。「我々のミッションはなにか」「我々の顧客は誰か」「顧客にとっての価値はなにか」「我々にとっての成果はなにか」「我々の計画は何か」。ミッションや理念がいかに素晴らしくとも、マネジメントが不在であることが非営利組織においては多々見られることに気づいていたのでしょう。ですが、非営利組織の方々はこう言います。「助言は欲しいが、お金儲けはしたくない」。彼らが言いたいことはよく分かりますが、その認識には手段と目的の履き違えが発生しているように思えます。多くの演奏団体がプロではないからこそ、マネジメントや戦略について一考の余地があると思います。

購買行動モデル

滔々と演奏会とそこに生まれる戦略の必要性を説いてきましたが、特に、お客さんはどのようなステップで(駆け足とかスキップとかそういうことではなく) 演奏会に来るのか、ということを押さえておくべきかと思います。顧客が何かを購買するときにどのような行動を取るのか、ということについては昔から優秀なマーケター達が考えているので、代表的なものを3つほど紹介したいと思います。

詳細は下に書いておりますが、演奏会の宣伝において大切なことはお客さんに「知ってもらうこと」「興味を持ってもらうこと」かと考えています。もしかしたら来てくれたかもしれない潜在的なお客さんをみすみす逃すことほど、もったいないことはないでしょう。時代の変遷とともに、消費者の行動というものも変わり、色々な知識を駆使しながらやっていくことが大事なのではないでしょうか。なお、以下の詳細についてはリクナビネクストジャーナルの記事が非常にうまくまとまっていたので引用させて頂いております。

AIDMA

まず1つ目はAIDMA(アイドマ)です。AIDMAは、1920年代にアメリカ合衆国で販売や広告に関する実務書を執筆していた、サミュエル・ローランド・ホール氏によって提唱された購買行動モデルです。その後さまざまな購買行動モデルが登場したあとも、消費者の購買行動モデルのひな型として用いられることが多く、汎用的なモデルといえるでしょう。AIDMAは次の5つのプロセスから構成されています。

  1. A:認知・注意(Attention)
  2. I:興味・関心(Interest)
  3. D:欲求(Desire)
  4. M:記憶(Memory)
  5. A:行動(Action)

例えば、消費者は各種広告を見て、ある商品の存在を「認知」することになります。その後、商品が自分の「興味・関心」の対象となるものであれば、実際に手に入れたいという「欲求」が起こるでしょう。その欲求、欲しい商品が「記憶」に残り、実際に商品を買うという「行動」に繋がるという流れです。

AIDMAは大きく3つのプロセスにまとめることもできます。第1プロセスは「認知段階」で「認知・注意(Attention)」がこれに該当します。第2プロセスは「感情段階」。「興味・関心(Interest)」「欲求(Desire)」「記憶(Memory)」が含まれます。最後の第3プロセスは「行動段階」で実際に購買行動である「行動(Action)」がこれにあたります。

AISAS

AIDMAが登場したのは1920年代ですが、そこから70年以上が経過して新たなプロセスが誕生します。それがAISAS(アイサス)です。AISASは日本の広告会社である電通によって提唱されたモデルで、AIDMAをインターネットが普及した時代に適用できるよう発展させたモデルといわれています。こちらも全5段階のプロセスによって構成されてはいるものの、後半の3つがAIDMAと異なることが特徴です。

  1. A:認知・注意(Attention)
  2. I:興味・関心(Interest)
  3. S:検索(Search)
  4. A:行動(Action)
  5. S:共有(Share)

このプロセスを見てもわかる通り、インターネット時代に対応した検索と共有の行動が考慮されています。消費者が商品を認知して興味関心を示すところまではAIDMAと同様ですが、その後は自ら商品情報をインターネットで「検索」し、その結果をもとに「行動(購入)」。さらに購入によって得られた体験や知識をSNSなどで「共有」するまでが考慮されています。

検索エンジンを使って商品を検索し、その特徴や価格を踏まえたうえで購入、さらに実際の使用感や評価をTwitter(ツイッター)やFacebook(フェイスブック)にアップするという流れは、現在の日本でも日常的に見られる行為です。あらゆる人とモノがインターネットで繋がりつつある時代になり、AISASはより実情に近い購買行動モデルとして評価されています。

SIPS

そしてSIPS(シップス)です。SIPSは2011年に登場した購買行動モデルで、電通コミュニケーションデザインセンターの社内ユニットが提唱しました。インターネット時代に対応した購買行動モデルという点ではAISASと共通しているものの、SIPSはより深くソーシャルメディアの影響を考慮しているという違いがあります。AIDMAやAISASなどの後継とは考えられておらず、あくまでもSNSを頻繁に利用する層の購買行動を説明したものですので、広告・販売戦略を考えるにあたっては、前述のAIDMAやAISASとの併用前提で考えておくと良いでしょう。

  1. S:共感する(Sympathize)
  2. I:確認する(Identify)
  3. P:参加する(Participate)
  4. S:共有 & 拡散する(Share & Spread)

購買の出発点が広告やCMによる認知からではなく、SNSなどからの「共感」ではじまっていることが大きな特徴です。また、消費者参加型であるのもこのモデルの特徴です。最後に共有・拡散(Share & Spread)された情報は、新たな消費者の共感(Sympathize)を呼ぶのです。消費者の購買行動が単なる行動(Action)ではなく参加(Participate)になっているのもこのためです。

サンプルケース|第15回新潟県学生ウインドアンサンブル

数年前、第15回新潟県学生ウインドアンサンブルという団体の代表をしていたことがありました。前回のコラムでも軽く触れたロシア人兼エンジニア、チーカマ・R・ウジントラレス氏を広報班チーフとして、色々と積極的に広報活動をやった覚えがあります。「どんなことをやっていたんだろう」と思って久しぶりにブログを探してみたら、まだありました。よかったら覗いてみてください。(http://nswecm15.blog.fc2.com/
チーカマ氏を始めとする広報班の努力の甲斐あって、当時過去最大の来場者となりました。団体の代表としてはダメダメだったかもしれませんが、たくさんの方に来てもらえたことも、奏者からは楽しかったという感想をもらえたことも、その他諸々の酸いも甘いも、久々に思い出しました。

二十歳の頃の私は、毎年このイベントに参加しつつも、年々漸減していくお客さんの数に「こんなに面白くチャレンジングな演奏会を毎年やっているのに、なぜ例年お客さんが少ないのだ!」と若気の至りゆえ思っておりました。それはもう、思い出すと恥ずかしくなって清水の舞台(今は工事中)からバンジージャンプしたいくらいの気分です。チーカマ氏も同様のことであったと思います。

団体の主な趣旨としては演奏を通じた楽しみと新潟県内の学生間コミュニケーションの活性化でしょうか。仕方のないことではありますが、学校によっては吹奏楽部の規模に大小があり、小さいところでは学園祭で数十名のお客さん相手にアンサンブルをやって終わりというところもありました。そういった学校の吹奏楽部員にとって、100名規模での演奏会という機会は貴重なものであるかと思います。ドーンと大きな演奏会を開いて、お客さんにも奏者にも楽しんでもらいたい、という思いが第一にありました。

そこで、まずは多くのお客さんに来ていただける、お客さんが来年以降も是非行きたいと思ってもらえるような、即ち次回以降に繋がるような、そういった演奏会にしようとした記憶があります。そのために広報班と会議を重ね、実行計画を立て、地元の方々やもちろん団員の力添えをいただきながら実行に移していきました。結果的に、翌年には早々に来場者の記録が更新されましたが、本当にやってよかったな、と思ったものです。

何をやったのか、覚えている限りで書いておきます。うまくいったもの、いかなかったもの、色々あります。

  • 来場者の想定。逆を言えば誰に来てほしいのか。
    • 奏者の家族や友人
    • 会場となる新潟県長岡市周辺の住民
    • 普段はポップスやロックを聴き、クラシックはもちろん吹奏楽曲はあまり聴かない層
    • かつて吹奏楽に触れていた層
  • お客さんが聴きに行きたいと思えるようなセットリストにする
    • 地元の一大イベント、長岡花火のクライマックスでもあるフェニックスで恒例のBGM『jupiter』(平原綾香)。その元ネタの『木星』(ホルスト)は必ず入れる
    • ジブリやディズニーといった、誰でも分かるような曲を入れる
    • 吹奏楽の楽しみを感じられる曲を入れる
  • 様々なメディアを使った情報伝達
    • ポスター(シンプルで遠くからでも目に付きやすいデザイン)
    • 演奏会の告知ハガキを奏者一人あたり2枚、来てくれそうな人に奏者の手書きメッセージ付きで送ってもらう
    • 地元長岡のローカルFM曲への出演とCM
    • 地元TV局の広報コーナーへの出演
    • 地元ショッピングセンターでのプチ演奏
    • ブログを使った情報配信
  • 演奏のクオリティ確保(翌年以降に向けて)
    • 演奏のみならず、動画も使ったりしてエンターテイメント性も追求
  • 奏者の新規開拓(翌年以降に向けて)
    • いままで参加していなかった大学・専門学校にも声をかけてみる

こうしてみると、イノベーティブなことをやっているわけではないですね。戦略を持って、狙いを定めて、やれることをコツコツと効果的にやっていくしかあるまい、とチーカマ氏や指揮者の皆さんに言ったような気がします。

以上、ご参考までにサンプルケースでした。

商売繁盛|ライブ情報

とうとう10月、すなわちライブ開催の月となりました。概要は以下の通りです。詳細については、文末のバナーから参照ください。皆様、ご都合がよろしければ是非お越しください。

次回|私が毎週ブログを書いている理由

中野(Hr. / 負ーけたー)

参考文献

はじめての「マーケティング」1年生(宮﨑哲也)
マーケティングについて初めて勉強するなら、ここから初めてみてはいかがでしょうか。
エスキモーに氷を売る(ジョン・スポールストラ)
観客動員数最低だったNBAチーム、ニュージャージー・ネッツを、27球団中チケット収入伸び率1位にした敏腕マーケターのドキュメンタリー。
コトラー マーケティングの未来と日本 時代に先回りする戦略をどう創るか(フィリップ・コトラー)
マーケティングの変遷と未来について語られた本。
本気のあなたに。
イベント学のすすめ(堺屋太一 編)
イベントに関する本は意外と無いというのが実感としてあります。その中で、イベント学会の論文を集めたこの本は各イベントのみならず法令や評価方法まで詳しく書かれており、「もうこれだけでよいのでは?」と思います。
1000人確実に集客できる方法 (関根典子)
流石にタイトル盛り過ぎでは?と感じなくもないですが、イベント主催者側なら読んでもいいかもしれません。

今週のリコメンド:MONDO GROSSO

「知ってる人は知っている、忘れた人は思い出す、知らない人はよかったら」というアーティストは案外多いものです。しばらくはそういったある程度認知度のあるアーティストを紹介できればな、と思います。今回はMONDO GROSSOを紹介したいと思います。「この2019年にモンドですか」と嘲りを受けてしまうかもしれませんけど… でも、良いものは良いんですよ。

元々は京都で活動していたベース・ラップ・キーボード・サックス・フルートの編成のバンドで、そのリーダー兼ベーシストを担当していたのが大沢伸一さんです。ソウル、ジャズ、ファンク、ブラジリアンミュージックなどを融合させたサウンドをクラブで生バンドで演奏というのは、時代を先取りしていた感がありますね。1996年の解散以降は大沢さんのソロプロジェクトになっています。 お時間があれば聴いてみてはいかがでしょうか。

LIFE feat. bird
「彼の代表曲は?」と問われればまず挙がる一曲。
2000年リリース。今年の5月にはRetune版がリリースされましたね。
全日空沖縄 (2000)、ANA HAWAII (2018)のキャンペーンソングにもなっています。
BLZ
2002 FIFA ワールドカップ公式アルバムのための書き下ろし曲。
ギターの踊れる感と哀愁感の融合感がすごいです。
ラビリンス
2017年に14年ぶりのアルバム「何度でも新しく生まれる」を発表。
その先行シングルで出ていたのがVocalに満島ひかりさんを迎えたこの曲。
MVもすごい良いから観てほしいです。かわいい。
MG4
全曲素晴らしい名盤中の名盤です。
『LIFE』も収録されています。
『1974-WAY HOME-』の切なさも良い。
何度でも新しく生まれる
最新アルバム。全曲日本語というMONDO GROSSOの新境地。
フィーチャリングしているアーティスト層も激アツ。

余談1: 常々このコラムの冒頭に載せる格言を検索していますが、今回はメガヒットが多かったので少し紹介したいと思います。
あなたの文化があなたのブランドだ。(トニー・シェイ Zappos CEO)
何か読む価値のあるものを書くか、書くに値するべきことをやろう。(ベンジャミン・フランクリン)
マイクロブロギングの時代において、人びとは、2〜3行以上の文を読もうとはしない。(ティム・フリック 『Return on Engagement』著者 )

余談2: ちょっと気分を変えてですます調で書いてみました。丁寧な感じが出ていいですね。こっちの方がより親切な感じがしませんか?詐欺師っぽくないですか?正直書きづらいです。あーしんど。

余談3: 色々と記事書いてきたけど、演奏会まであと更新2回じゃん。やべぇ。着地点考えてなかった。


シェア: